社団法人
畜産技術協会



シープジャパン1991年12月号(1号)
日本のめん羊事情
農林水産省家畜改良センター十勝牧場めん羊係長 河野 博英


 
1.めん羊飼養の歴史
「推古七年(西暦599年)の秋9月の癸亥の朔に、百済が駱駝一匹・驢(ロバ)一匹・羊二頭、白い雉一羽をたてまつった。」と日本書紀に記されているが、これが日本に渡来しためん羊の最も古い記録である。その後、820年に新羅、935年に大唐、1077年に宋からめん羊が贈られた記録が残されているが、産業として本格的に日本でめん羊が飼養されるようになったのは明治時代になってからのことである。
 開国の後、欧米文化の流入にともなって羊毛製品の需要が増大し、政府は羊毛の国産化を目的としてめん羊の飼養奨励に力を入れることとなったのである。 まず明治2年にアメリカからスパニッシュメリノを購入したのを初めとし、以来、政府によって多くのめん羊が輸入されるようになり、明治8年には千葉県印旛郡富里村と埴生郡十奈三村の地に下総牧羊場を設置して牧羊事業が開始された。
 しかし、飼養管理技術や衛生対策など種々 の準備不足から飼養頭数は減少し、明治21年にはこの事業を中止せざるを得ない状況となったのである。その後、大正3年の第1次世界大戦勃発によって、羊毛の輸入が困難となり、政府は再びめん羊増殖計画を打ち出した。
 この計画は大正7年に始まり、当初、25年後の目標飼養頭数を100万頭とするものであったが、途中2度の計画変更が行われて目標年次は昭和26年に延長している。政府は種めん羊の無償貸付けや払い下げを行うほか、技術者の養成や各種の奨励金、補助金の交付を行うなどしてめん羊の増殖に力を入れてきたが、第2次世界大戦の勃発によって種めん羊の輸入が途絶え、また農家労働者の不足から頭数は頭打ちとなり、終戦の昭和20年には飼養頭数は18万頭にしか過ぎなかった。このように、政府主導型のめん羊奨励策は所期の成果をあげることなしに終わることとなった。
 しかし、戦後においては衣料資源の不足による国産羊毛の需要増大から、急激にめん羊飼養熱が高まり、コリデール種を中心に全国各地で増頭し、昭和32年には94万頭に達したのである。

 2.近年の飼養状況
 めん羊の飼養頭数及び戸数は表1に示すとおり、昭和32年に統計上の数値として約94万頭、実数では100万頭以上にも達したが、その後、頭数を維持することなく減少の一途をたどり、昭和51年には史上最低の1万190頭にまで減少してしまった。
 その理由として、昭和34年に羊肉、37年に羊毛が輸入自由化となり、海外から安価に羊肉及び羊毛が大量に入ってきたことと、化学繊維が発達したことなどをあげることができるが、これまでのわが国のめん羊の飼養形態が自家利用を目的とした極めて少頭数規模であり、産業的基盤が確立されていなかったことも大きな要因の一つである。
表1 飼養頭数、戸数の推移
 年次  飼養頭数 飼養戸数 頭数/戸数
昭和 32 944,940 643,300 1.5
  40 207,060 156,000 1.3
  51 10,190 2,190 4.7
  56 15,900 2,150 7.4
  61 26,200 3,080 8.5
  62 27,200 3,100 8.8
  63 28,500 3,080 9.3
平成 29,800 2,900 10.3
  2 30,700 2,840 10.8
   3 30,300 2,500 12.1
資料:農林水産省「畜産統計」


 また、経済の高度成長に伴って農家労働力が減少する一方、国民の所得水準が上昇し、畜産物の消費量が増大する中でめん羊は主にハム、ソーセージ等の原料肉としての需要が高まり、昭和30年代後半から多数のめん羊が屠殺されていったのである。
 その後、昭和50年代に入ると、米の生産調整に伴う水田利用再編対策や村おこしの一環として、あるいは有畜農家の育成などの観点から、肉利用を目的として再びめん羊が取り上げられるようになり、サフォーク種を主体に増加に転じた。
 つい最近までは飼養戸数、頭数ともに増加の傾向にあったが、飼養戸数は昭和62年の3,100戸、頭数は平成2年の3万700頭を最高にやや減少し、平成3年2月1日現在の飼養戸数は2,500戸、頭数は3万300頭で、1戸当たりの飼養規模は12.1頭となっており、飼養品種はこのうち約80%がサフォーク種である(表1、2)。

表2 品種別飼養頭数の推移
      昭和51年 56 60 61 62 63 平成元年 2
全体 517 999 1,438 1,489 1,664 1,537 1,937 2,328
サフォーク   151 645 985 1,024 1,100 1,137 1,364 1,652
コリデール 336 295 340 304 410 250 282 390
その他     36 28 33 75 98 101
   30 59            
雑種     77 133 121 75 193 185
全体 8,140 10,212 17,196 17,544 18,338 18,654 19,656 19,779
サフォーク 2,687 6,039 12,106 13,737 14,235 14,955 15,507 16,591
コリデール 5,286 2,679 2,317 1,580 1,525 1,540 2,003 1,436
その他     224 203 342 413 318 451
  167 1,494            
雑種       2,549 2,024 2,236 1,746 1,828 1,301
資料:農林水産省家畜生産課調べ
 注:雄は供用中の頭数、雌は明2才以上の頭数

 地域別の飼養状況(表3)を見ると、飼養戸数では北海道、東北、関東地方に多く、この3地域で全体の90%を占めている。飼養頭数は北海道、長野県、福島県、秋田県などに多く、特に北海道では全体の50%以上を占め、飼養規模も1戸当たり20.6頭とかなり大きい。

表3 都道府県別飼養戸数、頭数(平成3年2月1日現在)
都道府県名 戸数 頭数 都道府県名 戸数 頭数 都道府県名 戸数 頭数
北海道 820 16,900 石川 0 20 岡山 10 230
青森 70 560 福井 0 170 広島 10 140
岩手 200 1,510 山梨 10 60 山口 10 90
宮城 100 890 長野 400 2,590 徳島
秋田 150 1,080 岐阜 70 300 香川 0 80
山形 40 530 静岡 20 250 愛媛 10 50
福島 320 1,360 愛知 10 30 高知 0 X 
茨城 10 240 三重 0 20 福岡 0 20
栃木 20 580 滋賀 10 60 佐賀 0 X 
群馬 40 420 京都 10 60 長崎 10 60
埼玉 30 180 大阪 0 X  熊本 10 50
千葉 10 460 兵庫 10 140 大分 10 90
東京 10 390 奈良 0 50 宮崎 10 120
神奈川 40 210 和歌山 鹿児島 0 10
新潟 20 160 鳥取 0 100 沖縄
富山 島根 10 20      
資料:農林水産省「畜産統計」(Xはデータ未公開)

表4 屠畜頭数の推移
(単位:頭)
年次 昭和45年 50 55 60 61 62 63 平成元年 2
全国 6,578 1,687 1657 5,488 6,187 7,149 7,632 8,163 9,578
1,465 711 511 2,278 2,730 3,564 4,022 4,285
131 23 43 442 424 411 349 305
14,536 179 162 305 327 287 389 402
811 166 154 434 446 451 455 545
283 22 158 799 921 1,072 1,018 1,115
資料:農林水産省「食肉流通統計」

表5 羊肉需給の推移
(単位:トン)
年度 生産量 輸出量 輸入量
昭和50年 237 0 291,066 291,303
53  133 1 249,416 249,548
55  120 0 157,886 158,006
58  184 1 150,066 150,249
59  232 0 152,747 152,979
60  273 2 156,362 156,633
61  312 0 156,537 156,849
62  341 0 158,826 159,167
63  338 125,489 125,827
平成元年 369 109,568 109,937
資料:農林水産省「食肉便覧」


 3.羊肉の需要状況
 わが国の羊肉事情はそのほとんどを輸入に頼っているのが現状である。
 昭和50年代前半からめん羊の増頭にともなって、屠畜頭数及び羊肉の国内生産量は年毎に増加しているものの、輸入量は依然として多く、平成元年における羊肉の国内需給率はわずか0.3%に過ぎない(表4、5)。主な輸入国はオーストラリア、ニュージーランドで、輸入量全体の約99%をこの両国で占めているが、最近、マトン中心のオーストラリアからの輸入割合は減少し、ラム中心のニュージーランドの割合が増加している。また、羊肉の輸入量は年々減少の傾向にあり、国内消費量も減少しているが、これは主にマトン輸入量の減少によるもので、ラムの消費量は増加傾向にある(図1)。
 このことは、国内での羊肉消費形態の変化を示すものでもある。
 かつて、羊肉はハムやソーセージの原料肉としての需要が高まり、海外から大量のマトンが輸入されるようになり、国内でも多くのめん羊が屠殺されたが、近年、羊肉の加工仕向け割合は減少しており、昭和51年に70%であったものが63年には約44%となっている(図2)。
 また、加工原料肉の内訳を見ると羊肉は昭和40年に全体の38%を占め、最も多かったが、近年、豚肉のシェアー増大に伴って羊肉の割合は減少し、昭和63年にはわずか7%にまで減少している(図3)。このように、羊肉の需要は加工原料肉から生食用に移行しつつあり、その種類もマトンからラムへと変化している。

 4.今後のめん羊飼養の方向
 わが国のめん羊事情について羊肉を中心に述べてきたが、近年、めん羊はラム肉生産を主体として各地で飼養されるようになり、首都圏を中心としてラム肉の需要が伸びつつあることは事実である。
 しかし、畜肉全体の国内生産量を見た場合 に、羊肉の占める割合は平成元年度においてわずか0.1%であり、輸入量を含めた畜肉の総消費量でも羊肉のシェアーは2%に過ぎない。
 このような状況の中で、肉畜としてのめん羊飼養経営を単独で確立することは困難であり、複合経営の一部門としてうまく位置付けて行くことが望まれるが、そのためには、飼養目的を羊肉生産だけに限定せず、めん羊の総合的な活用を考える必要がある。
 もちろん、羊肉については今後も主たる生産物であることに変わりはなく、流通径路の確立とともに調理法の普及等により、羊肉=ジンギスカン、あるいは羊肉は安物の臭い肉と言ったこれまでの羊肉に対する一般的イメージを改善し、消費の拡大を図って行かなければならないが、めん羊は本来羊肉と羊毛の二つの生産物を持つ家畜であり、羊毛に付加価値を付けることも重要である。
 国内で生産される羊毛は、350円/kg程度でしか取り引きされていないのが現状であるが、最近、全国の手紡ぎ愛好家の間でも国産羊毛を利用しようとする人達が増えている。
 このような中で、生産サイドとしては羊毛生産にも配慮した飼養管理に心がけ、ごみや汚れの少ない質の良い羊毛の生産が望まれるとともに、羊毛による増収を図るためには原毛を販売するだけではなく、地元での加工製品化への取り組みが必要であろう。
 羊肉生産の副産物である毛皮についても同様のことが言える。しかし、これら生産物の大半を輸入に頼っている状況の中で.国産物をうまく流通に乗せ、収入に結びつけるためには解決しなければならない問題点も少なくはない。
 農林水産省においては、平成3年度から家畜活用地域活性化事業として、国産ラム肉の需要動向を把握するとともに、地域めん羊生産の中核経営の育成、講習会の開催等を通じて、消費者ニーズに対応しためん羊の安定的振興と、めん羊による地域農業の活性化、高付加価値化を目的としためん羊振興対策事業を実施することとしている。
 直接収入に結びつく生産物である羊肉、羊毛の高付加価値化はめん羊振興上、最も重要な課題であるが、今後は、これらの生産物以外のめん羊が持っている付加価値的要素にも目を向ける必要があろう。めん羊は幅広い草種を利用し、また、かなりの傾斜地においても飼養できる家畜である。
 幸いわが国には山林が多く、めん羊が利用できる未利用草資源は豊富に残されており、林間の下草を利用した放牧、牛では利用できない狭矮地や傾斜地等の利用による粗飼料を主体とした低コスト生産も可能なことであろう。
 もちろん、これらのことを行うためにはそれぞれの飼養地域の立地条件、飼養目的に適した品種の検討も必要であるが、いわば草刈機としてのめん羊の利用は、野草地の蹄耕法による草地造成や林業、あるいはスキー場やゴルフ場等のレジャー産業としての結びつきも十分に考えられることであり、すでに実践されている部分もある。
 また、子供達の情操教育へのめん羊の利用等、多方面でめん羊が着目されつつあり、今後、めん羊がより多面的に、かつ総合的に活用されることが望まれる。
 ゴルフ場でのめん羊の放牧については、現在の日本では少々飛躍し過ぎる話かも知れないが、農薬の大量使用等、環境汚染が叫ばれている現在、このようなめん羊の利用法も真剣に考える必要があるのではないだろうか。
 生産物の高付加価値化と未利用草資源の有効活用、そして農業以外の分野へのめん羊の広がり、これらを総合的に考えたときに日本におけるめん羊の可能性と将来展望が開けてくるのではないだろうか。




PAGE TOP

(C) Japan Livestock Technology Association 2005. All Rights Reserved. CLOSE