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ウールと羊の関わりはとても深い。ウールは羊にとって必要で大切な身体の一部。冬の寒さや夏の強い陽差し、雨や風から羊を守り、呼吸するウール。羊がその土地に適合し、健康であれば、自然環境や天候の多少の変化にも影響されずに済むが、そうでなければ羊もウールも影響を受けていく。
ステイプル−STAPLE−
ウールはステイプルという繊維の房をつくって成長していく。毛刈りされたフリースから一房のステイプルを抜いてみる。羊の過ごした1年がこの一房に現われている。はじまりは、前の年の毛刈り。毛先から根元へと1年が記され、今回の毛刈りでおわる。毛先からステイプルの中程までは、舎飼いから放牧地へと移り、草地でくらす時期にあたる。そこには、舎飼い時の乾草から草地の生の草へという食生活の変化や、草地の状態による羊の栄養状態、その年の雨量・日照・気温などの天候、突然の羊のけがや病気、ショックを受けるような出来事など、羊が受ける肉体的・精神的な諸々が記されている。
そしてステイプルの中程から根元までは、舎飼いの期間にあたる。この時期、母羊にとっては出産の影響が大きい。特に出産時の体温上昇によると考えられる脱毛や出産後の体力の低下はウールにも現われる。また舎飼いの間は、羊頭数に対しての小屋の広さや敷き藁など床の状態、飼料台の大きさやつくりなどの飼育環境によるストレスも大きく影響する。例えば敷き藁の替えが行なわれず、いつも湿ったベッドの上で羊が眠る様な状況であれば、腹部(ベリー)のウールは絶えず湿気をおびて傷んでしまう。また、羊が飼料台の所に居る時に、羊の頭の上から飼料をまけば、羊もウールも飼料まみれになってしまい、ウールからこの細かい飼料を完全に取り去ることは難しい。これらの飼育環境は、羊がきれい好きであろうと健康な羊であろうと羊自身が選ぶことは出来ない。
羊と1年の時を共にするウール。羊を飼うことは羊を育てるだけではなく、ウールも育てていることを一房のステイプルが伝えてくれる。
フリース−FLEECE−
種山ケ原のウールと関わって、いつのまにか10年を超える。毎年春は、毛刈りの終わった1頭1頭のフリースとの出会いからはじまる。羊から離れても生き生きとしているフリースならば、羊も元気だろうと思えるのだが、全体にくすんで見えたり、脂が多くべ夕べタしていたり黄変していると羊は大丈夫かなと気になる。全体に汚れのひどいものは、飼育環境の影響も大きいが、羊の健康も気がかりだ。ウールには自浄作用と言って、ウール自身で保護する働きが備わっているのにそれがうまく働いていないのかもしれない。脂がべタつく程多いのは、栄養過多なのではないだろうか。
ステイプルの両端を両手でつまみ、まん中あたりを小指で弾いてみる。繊維が弱っているとプチプチ切れる昔がする。繊維の弱りは、羊の体内の寄生虫や栄養不良、慢性の腐蹄症などが原因として考えられている。また、ステイプルを陽にかざして光を通す箇所があるのは、その部分の繊維が極端に細くなっていることを示し、ステイプルの両端を軽く引張るだけで切れてしまう。この時期にショックな出来事があったのだろうか。けが?病気?それとも・・・・・・?
背筋部分の毛先は、太陽にさらされ風雨にうたれるため、傷みやすい。夏の放牧地では、羊達は大きな木の根元へ木陰を求めて集まりくつろぐ。羊達がそんな風に自主的に、雨や強い陽差しを避けられる場所−大きな木や屋根と柱だけの小屋など−が放牧地にあれば、ウールの傷みは防ぐことができる。
フリースに現われていることは元となる原因があって、原因がわかれば対策も考えられる。もっと羊の習性や羊自体のことを知っていけば、羊が気持ちよく過ごす−決して過保護でない−環境をつくっていけるのではないかと思えてくる。そしてそれが魅力的なフリースにつながっていくと思う。
「健康なフリースは健康な羊から」ブラックシープニューズレターにこの一文を見つけた時、とても納得できて嬉しかったのを覚えている。羊のもっている生きる力を引き出すという本当の意味の健康な羊を育てていくことで、羊は飼育者にとって手の掛からない存在になり、スピナー(紡ぎ手)にとっては健康で魅力的なフリースを提供してくれる嬉しい存在になるはずである。
良いウール?悪いウール?
羊の一部であったウールは、年に1度刈り取られ「生産物」となる。手仕事をする者にとってその生産物は「素材」となる。良い悪いというよりも、つくろうとする目的に向くか向かないかという判断でウールは選ばれていく。それは、手仕事だけでなく工業的な生産でも同様のこと。しかし基本的には、品質によってクラス分けされる。その基になることとして、健康なウールか否か、夾雑物(ウールに入り込んだ飼料クズや乾草・藁・草の実など)の有無、汚れの状態、ウールについた脂分の量、繊維の太さ・長さ・色合いなどがある。この内の夾雑物や汚れ、脂分については、フリースから使えるウールがどの位の割合で穫れるかという歩留りに関わってくる。生産物としても素材としても、使えるウール量が多いか少ないかはとても大切なこと。
そしてウールをすべて活かしていくには、羊の品種を含めた羊とウールの深い関わりを知ることからはじまると思う。一房のステイプルから、羊の1年を読み取ることやウールに触れて使ってみることもそのはじまり。ウールは、羊だけでなく人にとっても必要で大切な存在。そういう本来の羊と人の関係へたどり着けるいつの日かを希っている。
もうすぐ毛刈り。そして毛刈りしたこの位置が、来年のフリースのはじまり。羊とウールの関わりの中に参加してみませんか。
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