社団法人
畜産技術協会



シープジャパン1995年7月号(15号)
夏場の管理
農林水産省家畜改良センター岩手牧場 河野 博英


 今年もまた夏の到来である。ここ数年は冷夏が続き、一昨年は米を輸入しなければならないはどの冷害に見舞われたが、昨年の夏はこれまでとは打って変わって、連日30℃を超す記録的な猛暑が日本列島を襲った。
 幸い、米については2年続きの不作を免れたものの、わが国の農業が猛暑によって大きな打撃を被ったことは間違いない。
 畜産農家においては家畜の死亡、あるいは死に至らないまでも、発育の停滞、受胎率の低下、また家畜の餌となる牧草の夏枯れなどの影響を各地で耳にした。もちろん、羊も例外ではなかった。
 暑さは我々人間にとってもどうしようもなく辛いものである。とは言っても人間はクーラーの利いた部屋で暑さを凌ぐこともできるが、うだるような暑さの中を羊達はどう耐えてきたのだろうか。まさに地獄であったに遠いない。

 暑熱が家畜に与える影響
 暑くて体がだるい、食欲がない、何もする気が起こらない。
 これは誰しもが経験したことのある暑さ負けの症状であるが、羊達もこの点については、おそらく同様であろう。
 放牧中の羊は、強い陽射しを避けて日陰で寝そべっている。時には、ほんの少しの日蔭を求めて重なり合うように集まっている光景が見られる。人間よりも体温の高い羊が体を擦り寄せ合っていれば、余計に暑いのではないかと思われるが、それでも羊達にとっては強い陽射しの中にいるよりもずっと楽なのであろう。
 動物には、それぞれに快適温度帯というものがある。快適温度とは、体温を一定に保ち、体内での各種の生理現象が円滑に行いえる温度のことを言い、家畜の種類、品種、年齢などの条件によって多少の違いはあるが、羊では10〜15℃程度である(表1)。

表1 家畜の快適温度と高温に対する臨界温度

家畜名 快適温度(℃) 臨海限度(℃)

 羊 10〜15 25
 乳牛(ホルスタイン) 10〜15 27
 乳牛(ジャージー) 15〜20 27〜29
 豚(成豚) 15〜20 27
 豚(子豚) 20〜25 30

 注)三村 耕;畜管理の技術より引用

 そして、家畜を取り巻く環境温度が快適温度帯を逸脱し、ある限界を超えると生理機能に変化が現れる。具体的には、環境温度が上昇すると、@体温が上昇する、A体温の上昇に先行して呼吸数が増加する、B体温や呼吸数のように一定的ではないものの、心拍数に変化が起こるなどである。このような変化が現れ始める境界の温度を臨界温度と言い、羊では、体温上昇に関する臨界温度は25℃程度と言われる。
 体温は、体内での熱発生量と体外への熱放散量のバランスにより、臨界温度に達するまでは一定に保たれている。
 気温の上昇に伴って、呼吸数が増加するのは熱放散機能の一つであり、気道(口内粘膜、舌、気管)からの水分の蒸発によって熱を放散する働きで、犬が運動後に舌を出してハーハーゼーゼーしているのと同様である。
 水分の蒸発による熱放散は、発汗によって皮膚面からも行われるが、羊は汗線の機能が非常に低いため(表2)、呼吸による気道からの熱放散に頼るところが大きく、気温が20℃程度でも呼吸数の変化が見られる。

表2 羊、牛及び人間の汗腺と発汗量

  汗腺 発汗量


密度
(cu当り)
大きさ
(mm3)
汗腺1個当り
(mg/hr)
全体
(g/uhr)

 羊 290 0.004 0.01 82
 牛 1,000 0.010 0.06 588
 人間 150 0.003 1.30 2,000

 注) BROOK & SHORT : 1960 家畜管理の技術より引用

 また、暑熱時には日陰で呆然と立ち尽くしていたり、土の上に寝転ぶ、あるいは畜舎の壁に体を接するなどの行動が見られるが、これらも体表から熱を放射したり、温度の低いところに熱を伝導させて自己の体温を下げようとするものである。
 このほか、飲水量の増加や、運動量及び採食量の減少も体温を一定に保つための手段と言える。
 あまり動きたがらないとか食欲がないというのは、暑熱による直接的なストレスでもあるが、体熱の発生量を抑制していることにもつながっている。
 しかし、臨界温度を超えた場合には、呼吸数の増加等によって熱生産量が増大し、結果的に体温が上昇してしまう。そして、この状態が長く続けば発育の停滞、あるいは体重の減少などの生産機能の低下につながるほか、熱射病や日射病の状態となり、最悪の場合は死に至る。
 一般に増体重の減少は、気温が27℃程度から認められ、35℃を超えれば発育中であっても体重が減少すると言われている。
 暑熱による繁殖機能への影響については、雄の精液性状の悪化、造成機能の低下が知られているが、実験的に90°F(約32℃)の高温ストレスを与えた場合、処置中止後5週間目に活力の低下や異常精子の増加が極限となり、正常な状態に回復するには、その後4週間程度を要すると言われる。
 雌においても受胎率の低下や産子数の減少などが認められ、妊娠期における暑熱ストレスは流産や産子の矮小化の原因となる。
 なお、羊毛の生産量については、むしろ夏のほうが好影響を与えると言う報告が多いが、一般に暑熱環境での飼養では、粗硬な羊毛や黄色く脂肪焼けした羊毛など、毛質には悪影響を及ぼしやすい。また、体温を維持するという観点から見れば、羊毛によって日光の吸収を緩和する働きがあると考えられるものの、体熱の放散にはマイナス要因となろう。

 日射病と熱射病
 日射病は強い太陽光線のもとに長時間さらさられることによって起こり、熱射病は暑熱によって体熱の放散を阻害されて神経症状を示す病気で、いずれも夏期炎暑時に十分に水を飲めないときに発生しやすい。
 気温が30℃以上になると発生の危険があり、日蔭のない場所での長時間の放牧や、夏季の長距離輸送は避けるべきである。
 症状としては、体温の上昇、呼吸及び脈拍)の速進、結膜の充血などが見られ、呆然と立っていたり、歩行時にふらつく、または興奮、痙攣などの神経症状を呈する。
 軽症の場合は、風通しの良い涼しい場所で安静にして全身を冷水で冷やし、十分な吸水をさせることで回復する。
 しかし、重症の場合には、下剤や強心剤の投与、輸液などの処置が必要であり、適切な処置がなければ死に至るため、起立不能や痙攣の状態に陥ったときには、速やかに獣医師に連絡すべきである。

 暑熱対策
 暑熱環境は、高温のほか、湿度や風、直射日光などが総合的に作用して形成されるものである。
 湿度は、単独では家畜の生産性に及ぼす影響は比較的小さいとされるが、高温下における湿度の上昇は、蒸発による体熱放散の妨げとなり、風は、体表面からの熱放散を助けるが、気温が体温以上に上昇すれば熱風となる。
 また太陽光線は、大気の温度を上昇させると共に、家畜が直射日光を浴びることで、直接的に体温の上昇につながる。
 暑熱環境から羊を守るためには、これらの要因を人為的に制御する必要があるわけだが、湿度を調節したり、環境温度を羊の臨界温度である25°以下に保つなどということは、畜舎に大規模な空調設備でもない限り困難であって、現実的ではないし、屋外ともなれば全く論外である。
 しかし、羊が効率的に体熱を放散して自己の体温を保持するための手助けをし、十分ではないにせよ、いくらかでも過ごしやすい環境を与えてやることは可能であろう。
 まず、初めに我々にできることは、@日蔭を用意してやること、A風通しをよくすること、B冷水(できるだけ冷たい方がよい)と塩を充分に与えることなどである。
 放牧地においては、直射日光から身を守るための樹木があればよいが、それがない場合には風通しのよい場所に屋根をかけるなど、人工の日蔭を設ける。しかし、あまり気温が高くなるようであれば、羊は採食することができず、放牧をしている意味がないし、いたずらに体力を消耗するばかりである。したがって、暑熱時には、日中は放牧を中止すべきである。放牧羊の行動型を見ると、暑熱期には夜間に食草行動が集中することから(表3)、夜間放牧によって採食を促し、体力を維持させることが夏場の管理において重要である。

表3 放牧羊の行動型

季節 食草 反芻・休憩 採食行動を主
とした行動型


日中 夜間 日中 夜間

春・秋 81% 19% 45% 55% 日中型
晩春・初秋 61 39 73 27 分散型
20 80 68 32 夜間集中型

 注)三村 耕;1962、1964 家畜管理の技術より引用

 なお、付け加えて言えば、夏場には生い茂ったような草地には絶対に羊を放牧してはならない。基本的なことではあるが、羊は長く伸びた牧草は好まないし、このような草地の中は牧草の蒸散よって湿度が上昇し、劣悪の環境である。もし、高温続きで放牧ができず、伸び過ぎてしまった草地があれば、その牧草は刈り取って利用すべきである。
 舎飼においては、放牧地よりも多くの対応が可能であろう。
 窓や扉などの開口部を開放して通気性をよくすることはもちろんであるが、扇風機によって機械的に送風を行う、窓の外にすだれをかけて太陽光線の進入を防ぐ、あるいは畜舎の屋根に水を流すのなども舎内の温度を下げるには有効な手段である()。
 畜舎の構造としては、壁面の下部に通気用の窓を設置し、羊の高さでの空気の流れをよくするような工夫も必要であろう。また、窓は跳ね上げ式や滑り出し式にしておくと、引違い戸よりも開口部を多くとることができ、開放時には窓自体が小屋根の役割を果たすことから、雨天時にも開放しておける。しかも、構造的にも簡易である。
 そのほか、剪毛や羊の体を水で濡らすことは、体熱の放散を効率的に行わせる意味で、効果は大きい。
 剪毛については、羊毛生産の観点から、夏場に行うことはあまりないが、秋に交配に供用しようとする雄については、いくらかでもストレスを軽減してやることを考えたほうがよいだろう。
 また、暑熱期は蚊やアブ、ダニなどの害虫が多く発生する時期でもあり、これらの駆除が行うとともに、羊体への潅水の意味も含めて、消毒を行うとよい。
 しかし、毎年暑熱によって多くの被害を受けるような地域においては、様々な対策を講じるよりも、耐暑性に優れた品種の導入を考える必要があるかも知れない。
 さて、暑熱に対するストレスを和らげる方法について、いくつか述べてきたが、家畜を飼養する上で、暑さに対する対策は、寒さよりもはるかに難しい問題である。
 高温に加えて渇水ともなれば、当然のことながら打てる対策も限られてしまう。
 自然という大きな力の前で我々人間にできることは、極僅かである。しかし、いかに僅かなことであろうと、羊が過ごしやすい環境に少しでも近づけることが家畜を管理する者としての務めであろう。
 今年は猛暑でも冷夏でもなく、ちょうどよい夏であってほしいものである。




PAGE TOP

(C) Japan Livestock Technology Association 2005. All Rights Reserved. CLOSE