社団法人
畜産技術協会



シープジャパン2000年10月号(36号
秋の飼養管理 妊娠期の管理
家畜改良センター十勝牧場 種畜第一課 めん羊係長 河野博英(Hirohide Kono)


 

 1.妊娠診断
 めん羊は牛のように直腸検査が出来ないため,妊娠したかどうかの最終的な判断は,妊娠末期の雌羊の腹部や乳房,外陰部の状態に頼らざるを得ません。
 早期に妊娠診断を行うためには,超音波ドップラー法や超音波画像法,あるいは血中プロジェステロン値による方法などがありますが,いずれも高価な器材や技術を必要とします。最も簡単な方法は,交配後の雌群に再度マーキングハーネスを装着した雄羊を導入して再発情の有無を調べることです。この方法では,100ではないにせよ,発情がこなければ妊娠の可能性が高いと判断出来ます。また,もし発情があり,その時点で交配すれば1頭でも受胎羊を増やす手だてとなります。
 このため,現在交配を行っている雌羊について,種雄羊の乗駕を確認してもすぐに交配を終了せず,あと1周期(約17日間)は様子を見て,再発情の有無を観察してみて下さい。およその妊娠頭数が把握出来るはずです。

 2.妊娠期間と胎子の発育
 めん羊の妊娠期間は概ね5カ月。品種によって多少の差はありますが,サフォーク種では平均147日(145〜150日)です。また,胎子の数や性別による差も見られ,双子よりも単子が1〜2日長く,雌よりも雄の方が1〜2日長い傾向にあります。
 さて,約150日の妊娠期間中に胎子はどのように発育するのでしょうか。
 交配後,卵管内で受精した卵子(胚)は発育しながら子宮内に到達し,15日目頃までに胚膜(羊膜・尿膜・絨毛膜)が形成されます。この時期の胚は,まだ子宮内を浮遊している状態であり,30〜35日目に子宮内膜への着床が完了します。
 胎子の大きさは,50日目頃の体重が50g程度,100日目で1kg程度です。
 図1には妊娠期間中における胎子体重の発達状態を示しましたが,このように,胎子の体重変化は妊娠100日目頃までは緩やかであり,その後,分娩までの約50日間で急速に発育するのです。

 3.妊娠羊の管理
 1) 妊娠期の養分要求量
 飼養管理上,妊娠期は妊娠初期から中期の15週間と妊娠末期6週間に分けられます。
 これは先に述べたように,胎子の発育の大半が妊娠末期の1.5カ月間に行われ,また母羊の乳腺細胞もこの時期に発達するため,妊娠初期から中期に比べて多くの養分を必要とするからです。
 図2には,体重70kgの雌羊の各繁殖ステージにおける1日当たりに必要なTDN(可消化養分総量)を示しましたが,妊娠初期から中期にかけての養分要求量は,交配前の回復期(乾乳期)よりもむしろ少ない値です。つまり,交配前には前回の分娩と授乳によって低下した栄養状態を回復させるための養分量が必要ですが,妊娠15週までの胎子の発育にはそれほど多くの養分を必要としないということです。しかし,妊娠末期には胎子の急速な発育に伴って,妊娠初期から中期に比べてTDN要求量は単子の妊娠で約15,双子では30程度多くなります。
 2) 妊娠初期から中期の管理と注意点
 通常,妊娠初期の段階では季節的に青草の給与が可能であり,放牧草だけで必要な養分量を賄うことが出来ます。
 舎飼いの場合は給与する粗飼料にもよりますが,良質の乾牧草の給与が可能であれば妊娠中期までの間,濃厚飼料の給与はほとんど必要ありません。
 この時期に注意すべき点は給与飼料の栄養水準を高め過ぎないことです。先に述べたとおり,妊娠初期から中期にかけては胎子の発育にそれはど多くの養分を必要としません。高栄養の飼料を与え続けた場合,妊娠末期になってから妊娠中毒症や膣脱の多発,あるいは分娩時の難産など,太り過ぎによる弊害に悩まされることになります。
 太り過ぎを甘くみてはいけません。健康な子羊を産ませて育てるためには,妊娠初期からの栄養管理が極めて重要です。
 3) 妊娠末期の管理と注意点
 妊娠末期になると胎子の急速な発育により,粗飼料だけでは栄養分が不足するため,濃厚飼料の給与が必要となります。
 この時期の栄養不足は,子羊の生時体重を小さくし,分娩後の乳量を減少させるほか,極端な低栄養では妊娠中毒症が心配されます。逆に栄養過多の場合は,母羊の太り過ぎや過大胎子による難産の危険があります。
 適切な栄養管理を行うためには,飼養標準に基づいた飼料給与を心がけることが必要ですが,飼養標準では妊娠末期の養分要求量が単子と双子に分けて記載されています。しかし,分娩前に胎子の数を知るためには,超音波画像法などで診断しない限り困難なことです。このため,一般にはこれまでの個体の産歴や例年の一腹当たり産子数を考慮して,単子と双子の間の値を用います。
 濃厚飼料の給与に当たっては,全頭が一斉に無理なく採食出来る給餌スペースが必要です。特に妊娠末期には胎子の発育に伴って腹部が大きくなるため,1頭当たりの給餌幅も妊娠初期に比べて多く必要となります。
 給餌スペースが不足すると,採食時の争奪行動によって腹部を圧迫し,母胎と胎子に悪影響を及ぼしたり,あるいは弱い羊は常に飼料にありつけず,栄養不良に陥ることにもなりかねません。
 母体と胎子の安全を図るため,妊娠羊には余裕のある管理スペースと充分な給餌幅を確保して下さい。
 また,通常妊娠末期は舎飼期であり,運動不足になりがちですが,妊娠羊の健康管理には適度な運動が欠かせません。運動不足は膣脱や難産の原因にもなります。

 4.妊娠期の疾病
 1) 膣  脱
 膣が反転して外陰部から脱出した状態で,妊娠末期に発生します。脱出した部分は粘膜が充血して赤い風船のように見え,放置すると脱出部が乾燥し,汚物が付着して細菌に感染されやすくなります。また,膣の反転によって尿道が圧迫されて排尿困難となり,苦痛による力みで,さらに状態を悪化させるため,出来るだけ早く処置を行う必要があります。
 脱出部を温湯や刺激の少ない消毒液できれいに洗ってから清潔な手で体内に押し戻し,圧定帯や市販のリテイナーを装着して再脱出を防止します(図3)。
 原因としては,太り過ぎによる腹圧の上昇や運動不足による産道周辺の筋肉の衰えなどが考えられ,日頃からの栄養管理と適度な運動が膣脱予防のためには重要です。
 2) 妊娠中毒症(ケトーシス,双胎病)
 血液中のケトン体が増加し,血糖値が低下する代謝性の疾病で,多胎の場合に起こりやすいためケトーシス,または双胎病ともいわれます。
 妊娠末期に胎子の養分要求量が急激に増加し,母体の栄養摂取量がこれに追いつかない場合に発症し,食欲不振や元気消失に次いで運動失調,後麻痺などの神経症状が現れます。
 適切な治療がなければ死に至ることもあります。治療法としてはプロピレングリコールなど市販のケトーシス治療薬の経口投与やブドウ糖の静脈注などがありますが,症状が初期の段階で分娩すれば大抵の症状は改善され,回復に向かいます。
 妊娠中毒症を予防するためには,妊娠中の栄養状態を適正に保つことが重要です。つまり,妊娠中期までは太り過ぎに注意し,妊娠末期には胎子の発育に合わせて濃厚飼料の給与量を増加させることです。


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